大切なものは

第 2 話


「スザク、どうしたんだ?なんか疲れた顔をしているぞ?」

背中にのしかかってきたジノは、そんなことを言ってきた。
ああ、そうだよ、疲れてるんだよ。
あいつの顔を見たせいで、あんな不愉快な笑みを見たせいで、夢見が悪かったんだ。
あの邪悪な笑みと、ユフィの笑顔が。額から血を流したあいつと、銃で撃たれ血を流し、死んでいったユフィの姿が。延々と二人が夢の中に現れては消えていった。
そんな状態でまともな睡眠など取れるはずがない。
でも別に眠いわけではない、あの夢のせいで疲れているだけだ。

「なんだ、ストレスか?よし、今夜一緒に遊びに行こうじゃないか!」

どうせ予定はないんだろう?とジノは顔を覗き込みながら言ってきた。

「遠慮するよ」
「遠慮する必要はないぞ、スザク!そうだ、庶民の遊びのナンパ勝負というのをしないか?女性に声をかけて誘う人数を競うらしい。一度やってみたかったんだ」

遠慮する。を、断りの言葉ではなく、貴族であるジノに遠慮していると取ったらしい。だから彼なりに気を使い貴族の遊びではなく、庶民の遊びならどうだと提案までしてきた。的はずれな気遣いに、スザクは複雑な表情で返した。

「・・・いや、君だけでやってくれないか」
「馬鹿だなスザク。勝負は1人では出来ないだろ!」

何でそんな勝負をしなきゃならないんだと、さらに体重をかけてきたジノに言った。
重い。何が悲しくて男の重みを背中で感じなければならないんだろう。
ジノは一つ下だが、体格で言うならこちらより上なのだ。そんな男がほぼ全体重を背中に乗せてきたのだから、重いしうっとおしいし暑苦しいし、だけどはねのける明確な理由もないからされるがままになってしまう。ブリタニア人だからなのか、ジノはスキンシップ過多で、本当に困る。嫌われていないだけマシなのだが、こういう心境のときには・・・本当にウザくてしかたがない。
スザクの機嫌が悪いことにはジノも当然気づいている。
だからこそ余計に絡んでくるのだろう。

「記録」

その声に視線を向ければ、そこにはアーニャ。
彼女はいつもの可愛らしい携帯を手にしていた。
・・つまり、ジノがべったりと背中に張り付いている写真を撮られたのか。
まあ、べつにいいけど。
貴族でありラウンズでもあるジノとアーニャと友好的であることにイレブンのくせにと不満の声を上げる者もいるが、大半は彼らの庇護下にスザクが入ったと認識し、嫌な目は向けてきても、嫌味を言ったりイレブンだからと馬鹿にしたりしなくなった。
ラウンズになりたてのころとは、雲泥の差だ。
彼らを利用しているようで良心が咎めるが、ナイトオブワンを目指す以上少しでも自分の身を有利にしておくべきだろう。それに、彼らのことは嫌いではない。ブリタニア人でありながら、イレブンである自分に差別的な態度をとらない彼らは、どちらかといえば好ましい存在だった。

「アーニャ。その写真、私にもくれないか」
「嫌」
「いいじゃないか。私はスザクが仲良く写っている写真が欲しいんだ」
「そんなものどうする気だい?」
「もちろん、携帯の待ち受けにする」

ニッコリ笑顔で言われてしまい、男二人がべたべたとしている写真を待ち受けにして何が楽しいんだと思わず眉を寄せた。

「アーニャ、絶対にあげないでくれ」

冗談じゃないと、アーニャに頼む。

「わかった」

アーニャは基本的にジノが喜ぶことはしないから、あっさりと許可が下りた。
これで安心だ。

「二人とも酷いな。まあいいか、もっとスザクと仲良くなって沢山写真を撮ればいいだけだ」

ポジティブすぎる返しにため息しか出ない。

「僕は写真が好きじゃないんだよ」
「そうなのか?スザクはこんなに可愛い顔をしているのに、もったいないじゃないか。そうだ、今度腕のいいカメラマンを呼んで撮影会をしよう」

写真写りが悪いから嫌いなのだと思ったのか、おかしな提案をしてきたので、それも即却下した。単に自分の写真を残すのが嫌いなだけだ。

「スザク、モデルやる?」
「やらないよ」
「ジュリアスと二人のところ撮りたい」

嫌な名前が彼女の口から飛び出し、静まっていた怒りといら立ちが戻ってきた。

「ジュリアスは美人だし是非お近づきになりたいが・・・そういえば今日はまだ見ていないな」

最近は大きな争いがないせいか、若い世代であるスザクたちはブリタニア宮殿内で待機していることが多かった。好戦的なルキアーノはできるだけ戦場に出していないと、仲間内や貴族相手にいらない争いを引き起こすし、体が訛るから戦線に出ていたいというドロテアもいるため、彼らを優先的に動かしているのも原因だった。
そのため、ラウンズに任命されたばかりのジュリアスはまだ戦線には出ない。だから彼も待機場所であるこのラウンズの控室か執務室にいなければならないのだが、その姿はなかった。
小さな音を立て、部屋の扉が開いたので、三人の視線は自然とそちらに向いた。
そこに立っていたのはビスマルク。

「ここにいたか枢木」
「自分に何か御用でしょうか、ヴァルトシュタイン卿」
「ああ、頼みたいことがあってな」
「頼み、ですか」

戦場に、という話ではなさそうだ。ビスマルクが頼み事なんていったい何だろうと三人は少し驚いた表情をした。

「実は、キングスレイと連絡がとれなくてな」

ジュリアス・キングスレイ。
つまりルルーシュの様子を見て来いということか。
ビスマルクもルルーシュのこと、いや、スザクとルルーシュが友達だったと知る一人なのだろう。でなければこのような頼みごとをしてくるはずがない。だから、ジノとアーニャは、なぜスザクに?と不思議そうな顔をスザクへとむけてきた。

「・・・それは、命令でしょうか」
「命令というよりは頼み事だ。枢木はキングスレイとは旧知の仲だからな」

ここで初めて会った、ただの同僚ではなく旧知の仲。
その設定は生かすのか。

「旧知の仲?スザク、ジュリアスを知っていたのか!?」

ジノが驚きと好奇心の混ざった声で訪ねてきた。

「枢木とキングスレイは幼馴染で友人だ。そうだな、枢木」

知人ではなく、幼馴染で友人。
ビスマルクがそう言った以上、それが決定事項なのだろう。
そう言う設定は事前に教えてもらいたいものだと内心愚痴る。

「はい、彼のことはよく知っています」

どれほどの悪魔かも、よく。
どこか憎しみのこもった表情と言葉に、ジノは驚きアーニャは写真を撮った。

「では、頼めるな?」

頼めるか?ではなく、頼めるな。お願いではなくやはり命令なのだろう。

「イエス・マイロード」

スザクには拒否する権利は最初から用意されていなかった。

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